『プラダを着た悪魔2』で、多くの人が衝撃を受けたのが「エミリーの裏切り」ではないでしょうか。
前作では、誰よりもミランダを崇拝し、「ランウェイ」のために人生を捧げていたエミリー。
そんな彼女が、なぜミランダと対立するような行動を取ったのか気になります。
ですが私は今作を見ていて、エミリーは単純に裏切ったわけではないと感じました。
むしろ彼女は、20年もの間ずっと「ランウェイ」とミランダに縛られ続けていたのではないでしょうか。
今回はそんなエミリーの視点から、『プラダを着た悪魔2』のラストシーンや「裏切り」の本当の意味について考察していきます。
『プラダを着た悪魔2』エミリーはなぜ裏切ったのか?
ここからは、エミリーはなぜ裏切ったのか?という点についてまとめていきますね。
『プラダを着た悪魔2』で多くの人が驚いたのが、エミリーの行動でした。
前作では誰よりもミランダを崇拝し、「ランウェイ」のために全てを捧げていたエミリー。
そんな彼女がなぜミランダと対立する立場を選んだのでしょうか。
私は、その理由は単純な復讐ではなく「長年抱え続けた心の傷」にあったと思います。
かつて「ミランダ信者」だったエミリーが変わった理由
前作のエミリーは、誰よりもミランダを崇拝していた存在でした。
エミリーは、ミランダの一言で一喜一憂するほどの忠実な部下でした。
仕事はもちろん、体型管理やファッションへの価値観までミランダ基準。
彼女にとってミランダは上司以上の存在だったのです。
「ランウェイ」で働くことに人生をかけ、ミランダに認められることだけを目標にしていたと言っても過言ではありません。
しかし『プラダを着た悪魔2』で再会したエミリーは、かつてのような忠誠心を見せません。
その理由は、前作で経験した「切り捨てられた記憶」にあります。
前作のエミリーは大きな挫折を経験しました。
憧れていたパリ出張を目前に交通事故に遭い、その座をアンディに奪われてしまいました。
もちろんアンディに悪意があったわけではありません。
ですがエミリーから見れば、自分が何年も努力して手に入れようとしていた夢を簡単に失ったように感じたはずです。
そして何より辛かったのは、ミランダが自分を守ってくれなかったことではないでしょうか。
どれだけ努力しても、どれだけ尽くしても、ミランダは最後には自分を守ってくれなかった。
エミリーにとってその出来事は、何年経っても消えない屈辱だったのでしょう。
だからこそ今作では、昔のように無条件でミランダ側につくことができなかったのです。
エミリーは本当にミランダを憎んでいたのか?
興味深いのは、エミリーがずっとミランダを憎んでいたようには見えないことです。
もし本当に憎んでいたなら、彼女はもっと早くファッション業界を離れていたでしょう。
しかしエミリーは業界に残り続けました。
それどころかDiorの幹部にまで上り詰めています。
つまり彼女はミランダに失望しながらも、同時に尊敬し続けていたのです。
憧れと怒り。
感謝と恨み。
その両方を抱え続けていたのではないでしょうか。
だからこそ『プラダを着た悪魔2』のエミリーには、単純な敵意では説明できない複雑さがありました。
エミリーの裏切りは復讐ではなく「自立」だった
一見すると、エミリーの行動はミランダへの裏切りに見えます。
ですが私は単純な復讐とは少し違うように感じました。
前作のエミリーは、ミランダの価値観に人生そのものを支配されていました。
ミランダに認められること。
ランウェイで成功すること。
ファッション業界の頂点に立つこと。
やせること、仕事を優先すること、認められること・・・すべてがミランダ基準だったのです。
しかし、20年後のエミリーは、自分自身のキャリアや立場を持つ女性になっていました。
彼女は自分のキャリアを築き、自分自身の価値を証明しました。
もうミランダに評価されなくても、自分の存在価値を確認できる女性になっていたのです。
それでもエミリーの中には切り替えられない思いがあった。
Diorの幹部という素晴らしい地位を手に入れても消えなかった「ランウェイ」誌への未練。
ミランダに認められたかった気持ち。
そして憧れと愛情と憎しみが入り混じる複雑な感情。
今作のエミリーは、長年支配され続けてきたミランダとの関係から抜け出そうとしていたようにも見えます。
だからこそ彼女は、「ミランダに従う自分」ではなく、「自分で選択する自分」を優先したのでしょう。
それは裏切りというより、「依存からの卒業」だったのかもしれません。
「ランウェイ」はエミリーの青春そのものだった
アンディにとって「ランウェイ」は人生の通過点でした。
しかしエミリーにとっては、人生そのものだったのです。
仕事中心の生活。
厳しい競争社会。
ミランダの評価が全てだった日々。
その時間の大半を費やした場所が「ランウェイ」でした。
だから簡単には忘れられません。
Diorで成功してもなお、「ランウェイ」への思いが残っていたのは自然なことだったのでしょう。
アンディとの対比で見えるエミリーの本当の変化
今作で印象的なのは、前作のアンディとエミリーの立場が逆転している点です。
前作のアンディは、ミランダの世界から離れることで自分らしさを取り戻しました。
一方エミリーは、その世界に最後まで残り続けた人物です。
だからこそ『プラダを着た悪魔2』では、エミリーがようやく「アンディ側」へ近づいたようにも見えます。
ミランダに認められるために生きるのではなく、自分の人生を選ぶ。
その変化があったからこそ、彼女はミランダと対立する道を選べたのでしょう。
つまりエミリーの裏切りは、悪意ではなく「20年越しの成長」を描いたシーンだったのです。
『プラダを着た悪魔2』のエミリーについて:私の感想
私は、『プラダを着た悪魔2』のエミリーを見ていて、本当は誰よりも「ランウェイ」誌を愛していた人なのではないかと思いました。
エミリーは単にミランダに憧れていたわけではありません。
「ランウェイ」の編集者として成功したかったし、将来は編集長の座を目指していたはずです。
だからこそ彼女は、あれほど仕事に執着し、ミランダに認められることへ必死だったのでしょう。
たとえDiorの幹部という素晴らしい肩書きを手に入れても、エミリーの中にはずっと「ランウェイ」への未練が残り続けていたのだと思います。
そして同時に、ミランダへの憧れや愛情と憎しみも消えなかったのでしょう。
エミリーにとってミランダは、ただの上司ではありません。
憧れであり、目標であり、自分の人生そのものを左右する存在でした。
前作でアンディは、その華やかな世界から離れ、自分らしい人生を選びました。
一方エミリーは、その世界に残り続けた人物です。
だからこそ『プラダを着た悪魔2』で描かれたエミリーの変化は、とても切なく感じました。
今作のエミリーは、単にミランダを裏切ったのではありません。
誰かに認められるために生きる苦しさ。
キャリアと自己価値を結びつけてしまう危うさ。
憧れから卒業できないもどかしさ。
そんな感情を長年抱え続けてきた彼女が、ようやく「自分の人生」を選ぼうとしていたように見えたのです。
だからラストシーンのエミリーは、少し寂しそうで、それでもどこか解放されたように見えました。
以上です。
お読みいただき、ありがとうございました。
前作の『プラダを着た悪魔』と『プラダを着た悪魔2』の別の記事も書いています。
よろしければ、下記からお読みください。




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